Ｒelinquor Ｔnebris.（リークス）

ものすごい何の前触れもないんですが、「Lamento」よりリークスたまのワンシーン妄想とか。
タイトルはラテン語で「闇に残される」という意味。

「私はシュイだ。君の、名前は？」
「……リークス」



あの時、名など名乗らなければ、よかった。












頭の中で焼け爛れてこびりついて離れない。
振り払いたくても振り払えない。
まるで癌のように膨れ上がって、消し去ろうとすればするほどにそれは肥大していく。
いつかそこから化膿して自分の中のよく分からない何か大切なものをすべて壊されていくのではないだろうか。
事実、今はまだ弄られるだけのその感覚も、日増しに酷くなっている。

「くそっ…！」

悪態づいて穴蔵の壁を拳で叩いた。
甲の痛みなど大したことではない。
それより、脳を掻き回されるかのようなこの吐き気をどうにかしてくれ。


―――――――歌が耳から離れない。


初めて、自分のために自分ではない存在がくれたもの。
その、歌。
暗い穴蔵に、一筋の光が差すような、美しい声と旋律。
研究の手を止めてまで聞き入ってしまったあの歌が、耳から離れない。
とうの昔にそんなもの跡形もなく葬ったはずなのに。
何かの瞬間にふと思い出すような可愛らしいものではなく、終始じわじわと蝕んでいくようにその歌は一匹の黒猫の耳元で流れ出し、彼の感情を揺さぶってくる。
胃の中に鉛を飲み込んだように重い溜息を吐き、眉間には幾重もの皺を刻んでやり過ごそうとする。
何度も何度も同じことの繰り返し。
どうしたらこの連鎖から逃れられるのか、猫には分からない。
ただ呪うように何度も何度も流れ出す歌を打ち消して打ち消して、同じように呪うように頭の中で呟く。

（…シュイ）

シュイ。
シュイ。
許さない。
許さない許さない。


『君が、好きなんだ』

響く声。
赤毛の歌うたいのその言葉も、黒猫の記憶から掘り起こされれば途端に黒ずんで消し炭のようになる。
呪いの呪文の一節にしかならない。
一度は心に落ちてきた温かさも既に怒涛のように押し寄せる憤怒の感情に流され、黒猫の中でただただない交ぜになって溶けていってしまう。
黒猫は不愉快そうに耳を一度伏せた。
それで聞こえなくなればまだよいものを。
塞いでもまるで無意味なことは分かっている。それでもそうせずにはいられないほどで。
どうして裏切った、など。
そんなことは最早どうでもよかった。
理由など知らない。
彼の言い訳など聞きたくもない。
彼が裏切って、だから森は燃え、自分は追いやられた。
その変わらぬ事実だけが今はすべてだった。
日を追うごとに何もかもがドロドロとした闇の中に引き込まれていくのは、特に最近歌が強く聴こえるようになったからかもしれない。
既に来威の猫に殺されてこの世にはいないはずの赤毛の猫。
その猫が、今も歌っている気がしてならない。
それがどういうことを意味するのかは分からないが、酷く気が焦っていた。

（でも）

でも準備は整いつつある。
世界を変えるだけの、宴の始まりが。
目の前まで迫っている。
黒猫はそう思うと、僅かに口の端に笑みを浮かべた。
そうだ、すべてはこれから始まる。綺麗になる。
醜く愚かなものなど存在しない、美しい世界に自分がするのだ。
そのためにはやはり、不必要なものを排除していかなくてはならない。
この、歌のように。
手を伸ばせばそこには水晶が一体。
映り込むものに尚の事笑みは浮かぶ。

（よい器だ。私の感情を注ぎ込むのに丁度よい）

やっと見つけた器。
そのことによって自分はこの歌からも逃れることができるだろう。

「シュイ――――――見ていろ」

闇を引き寄せるような声で呟き、黒猫は漆黒の仮面を身につけた。
僅かにいまだ燻る、『哀しさ』に蓋をするように。











Ｅｎｄ


リーたん可愛いよねリーたんﾊｧﾊｧﾊｧ。